パンあれこれ
美味しいけれど、雑音が残っているパン
「美味しいけれど、雑音が残っているパン」。たまにこんなパンに出くわすことがある。作り手は往々にして、それなりに名の知れたパン職人で、ほぼ例外なく、鬼のような探求心の持ち主だ。
追及に追及を重ね、やっと辿り着いた味や香り、そして食感。なるほど、かなり複雑で、奥深い。しかし、後味にかすかに不協和音が残っている。それがあまり心地よくないので、その美味しさの割には、次にまた食べたいと思えるまでの時間が少し長くなってしまう。「いじりすぎなんだよ」。ある洋菓子職人がこう言った。
私は、昔、美大で毎日絵を描いていた頃を思い出した。描いては消して、また描いては削って、悪戦苦闘していたものだ。その苦闘が、絵に深みを与えると信じていた。それはそれで正しいと思う。
月に1回程度だったと記憶しているが、授業で描いた絵を、教授に批評してもらう機会があった。教授は私にこう言った。「描いているときの苦闘が、雑音となって絵から聞こえてくる。苦闘するのはいいが、その痕跡をそのまま残してはだめだ」。その時は意味がよく分からなかったが、今はわかる。
パンも絵画も、悩み抜いて追及に追及を重ねた結果の産物といえるが、その制作過程の中で、苦闘の雑音が、心地よく響く音楽に昇華する瞬間が来るのだ。
パンを食べる人も、絵画を鑑賞する人も、作り手の愚痴など聞きたいはずもない。ただ、レベルの高い作品を、心地よく味わいたいだけなのだ。
[2016/05/16]