ベーカリー賛歌
ベーカリーは、オーナーシェフの想いを伝える小さな劇場だ。
繁盛ベーカリーの中に入ると、単にパンを作って売る店ではなく、パンを展示して、手作りのポップやポスター、多種多様な陳列道具などで、オーナーシェフの想いを伝える小さな劇場のように思えることがある。
ベーカリーは、パンの製造販売が仕事だが、それを演出するためのツールが山ほどある恵まれた商売だ。オーナーシェフは、そうしたツールを媒体にした劇作家だ。
パンの展示には、籠を使ったり、トレーを使ったり、中華鍋を使ったり、大きな酒樽を使ったりする。そして、パンの種類に合わせて、様々な演出をする。ポップやポスターを使って、個々の製品についての想いを伝えながら、全体のテーマをはっきりと浮かび上がらせていく。
展示されたパンたちは、オーナーシェフが書いた台本に沿って演じる役者たちだ。笑顔のスタッフたちは、役者たちの化粧を直したり、動きを補佐したりする黒衣たち。黒衣といっても、客に直接語り掛け、ナレーターになることもある。
オーナーシェフは、照明効果にも気を遣う。全体にやわらかな照明を当てて、優しさ溢れる雰囲気を醸し出したり、周りを暗くして、パンにスポットライトを当て、強烈な印象を与えたりする。
オーナーシェフは、季節によって、台本を書き変える。季節ごとに新しくなる物語は、客の春夏秋冬への想いと共鳴し、店内をさらに心地よい空間に変えていく。
[2020/10/19]